相続したくない不動産、放棄の手続き ~地主が知っておくべき“負動産”対策のリアル~
「不動産を相続する=資産が増える」
この考えは、地主であれば誰しもがかつて信じていたものかもしれません。
しかし、近年、「相続したくない不動産」=“負動産(ふどうさん)”という言葉が定着しつつあります。
・ボロボロの空き家
・遠方で管理が困難な山林や農地
・賃貸トラブルを抱えた底地や借地権付建物
・固定資産税だけが延々とかかる使い道のない土地
こうした不動産を、地主の相続人が「負担にしかならないから相続放棄したい」と考えるケースが増加しています。
地主としても「自分が築いた財産が“迷惑”扱いされるのは避けたい」と思う一方で、放棄の制度や手続きについて正しく知られていない現実もあります。
この記事では、地主やその相続人が知っておくべき「不動産を放棄する方法」「注意点」「代替策」について、3部構成で詳しく解説します。
第1部:そもそも「不動産だけ放棄する」ことはできるのか?
◆相続放棄は「全部or何もなし」が原則
地主の相続人が「このボロ屋敷だけいらない。土地と預金は相続する」と考えたとしても、相続制度上それはできません。
日本の相続制度では、次のようなルールが適用されます。
・相続とは、プラスもマイナスも“全て一括で”引き継ぐもの
・不動産だけ、借金だけを選んで相続することはできない
・相続放棄とは、“相続人としての立場を放棄する”という意味
つまり、「相続したくない不動産があるから、その部分だけ断る」ということはできず、“すべてを放棄するか、一切放棄しないか”という二択しかないのです。
地主にとっては、この原則を理解していないと、誤った手続きをして取り返しのつかない事態を招きかねません。
◆放棄できる期限は「3か月以内」
また、地主の相続人が放棄する場合は、“原則として相続開始を知った日から3か月以内”に家庭裁判所へ申述(しんじゅつ)しなければなりません。
たとえば、
・地主である親が亡くなった
・死亡を知った日から3か月
・この間に放棄手続きをしなければ“単純承認”と見なされる
というのが基本ルールです。
ただし、隠された借金や、不動産の固定資産税の請求など、“負の遺産”が後から判明した場合には、例外的に放棄が認められることもあります。
地主や家族が不動産の相続を巡って迷ったときは、なるべく早く専門家(弁護士・司法書士)に相談すべきです。
◆“法定相続人全員”の関係が重要になる
地主の不動産を放棄したい場合でも、他の相続人の対応によって状況が変わる点も見逃せません。
たとえば、長男が放棄しても、次に順位の高い次男が相続することになるため、
放棄してもその不動産の処理が誰かに回ってくるのが実態です。
「自分は放棄したから無関係」と思っても、実務上は管理責任や税金の請求などが宙に浮くケースもあり、地主の家族間での話し合いが不可欠となります。
第2部:「放棄するかどうか」地主と家族が判断するための3つの軸
① 本当に“赤字”なのかを数字で見極める
「この物件、相続しても損するだけ」と思っても、実際にはそうではない場合もあります。
・固定資産税の年額はいくらか
・数年以内に売却できる可能性はあるか
・解体費・仲介手数料を引いても黒字になるか
・地主としては、「感情」ではなく「数字」で判断する視点が欠かせません。
最近では、AIを使った簡易査定や、売却までトータルサポートしてくれるサービスもあり、「一見ボロでも実は売れる」ということも。
② 売却や寄付といった“他の手段”を検討したか?
放棄以外にも、「不動産の処分方法」は複数あります。地主の家族が以下を検討することも有効です。
・不動産会社に売却(収益化)
・解体後に更地として売却・駐車場化
・近隣住民やNPO法人に寄付する
・行政(市区町村)に寄贈する
ただし、寄付は「無条件で受け取ってくれる」とは限らず、受け取りを断られることもあります。
また、売却も簡単には進まないことも多いため、地主や家族が放棄を検討する前に“どこまで処分の努力をしたか”が問われるのです。
③ その不動産は“将来価値”が本当にゼロか?
今は使い道がない不動産でも、将来的に価値が出るケースもあります。
たとえば、
・インフラ整備で近隣に駅ができる
・再開発のエリアに指定される
・農地法改正により転用しやすくなる
といった可能性もあるため、「今がダメだから即放棄」という判断は早計です。
地主やその相続人は、「10年後・20年後の資産価値」まで考えたうえで、最終判断を下す必要があります。
第3部:地主が“放棄前にやるべき準備”とその後の実務対応
法律上の“放棄”に必要な手続きとは?
地主の不動産を放棄したいと考えた場合、家庭裁判所に対して以下のような手続きを行います。
相続放棄申述書を提出(家庭裁判所)
戸籍謄本や住民票などの添付書類を準備
申述受理通知書の発行まで約1か月
費用は数千円程度ですが、書類の不備や、他の相続人との連携を怠るとトラブルになりかねません。
地主の相続放棄には“きれいな処理”が必要なのです。
放棄しても管理義務が残る場合もある?
よくある誤解が「放棄したから、もう無関係」という考えです。
しかし、“相続放棄しても、誰かが相続するまでは管理義務がある”とされています(民法940条)。
たとえば、以下のような状況です。
・放棄したが次順位の相続人も不在
・誰も不動産を引き取らない
・近隣に迷惑がかかる状態(倒壊・火災リスク)
この場合、地主の相続人は「不法行為責任」を問われる可能性もあります。
弁護士に相談し、家庭裁判所に「相続財産管理人の選任」を申し立てることで責任を免れる手続きが必要です。
地主が“相続されない不動産”を持つ前提で準備すべきこと
もし地主自身が、「この土地は相続人にとって重荷になる」と判断している場合は、
生前に次のような準備をしておくことが重要です。
・生前贈与で活用してもらえる形に変える
・空き地活用・賃貸収入化などの可能性を広げる
・不要物件の売却・整理を生前に進める
・家族信託を活用してスムーズな処分を可能にする
「子どもに迷惑をかけない地主」になるためには、“相続されない不動産”の事前処理こそが現代地主の責任と言えるでしょう。
相続放棄は、感情的には「親の不動産を放棄するなんて申し訳ない」と感じるかもしれません。
しかし、現代の地主が抱える課題は、戦後の不動産神話とはまったく違う現実があります。
・不動産が売れない
・管理費だけがかかる
・法的責任が重い
こうした事情を踏まえれば、「放棄することは“家族を守る選択肢”のひとつ」として認識すべき時代に入っています。
地主にとって最も重要なのは、「財産を残すこと」ではなく、
「家族が安心して引き継げる状態にしておくこと」です。
そのためには、
・放棄手続きの正しい知識
・売却・寄付などの代替案
・家族との十分な対話
を通じて、“迷惑にならない相続”を実現するための行動が必要です。
地主としての責任とは、財産を多く残すことではなく、
“問題の少ない財産を渡すこと”なのかもしれません。